東京地方裁判所 昭和34年(ワ)6006号 判決 1960年12月27日
原告 国
訴訟代理人 家弓吉己 外四名
被告 島田さゑこと嶋田さゑ
主文
一、訴外武村久一が被告との間に昭和二五年六月六日別紙目録記載の物件についてなした贈与契約を取消す。
一、被告は右物件につき、右同日東京法務局登記課受附第四、八一四号をもつて、同日附売買を原因としてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
一、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告指定代理人は、一、訴外武村久一が被告との間に昭和二五年六月六日別紙目録記載の物件についてなした売買契約を取消す
二、被告は右物件につき同日東京法務局登記課受附第四、八一四号を以て同日附売買を原因としてした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ 三、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、右第一項については予備的に訴外武村久一が被告との間に昭和二五年六月六日別紙目録記載の物件についてした贈与契約を取消す第二、三項同旨の判決を求めその請求原因として、
一、原告は東京通商産業局を所管庁として、アルコール専売法に基きその所有に係るアルコールの売渡しをしていたところ、被告の夫であつた訴外武村久一は、訴外佐久間新之助ほか一名と共謀の上、昭和二四年一一月一日日本専売公社作成名義の原告宛製造煙草用未変性アルコール四、〇〇〇立の売渡請求書を偽造行使し、同法二〇条に規定する特別定価三六四、四〇〇円を支払つたのみで、一般定価二、〇四一、七七六円に相当する未変性アルコールを入手処分した。
二、これによつて原告は一般定価と特別定価の差額に相当する一、六六七、三七六円の損害を蒙り訴外武村等は不当に右同額の利得を得た。
三、しかして訴外武村の利得分は、一、〇五七、三七六円であつたから、原告は同訴外人に対し、右同額の不当利得返還請求権を有するところ、昭和三一年七月三〇日葛飾簡易裁判所において、同訴外人と原告との間に分割弁済をする旨の即決和解が成立したにかゝわらず、同訴外人はその後、六、〇〇〇円を支払つたのみで、その余については期限がきているのに全く支払をしない。
四、この間昭和二五年六月六日訴外武村は別紙目録記載の物件が同人の唯一の資産であり、これを処分すれば、当然債権者である原告を害することになるのを知りながら、被告に対し一〇六、二〇〇円で売渡し、被告またその情を知つて買受け、同日趣旨記載の通り所有権移転登記をうけた。
五、そこで民法第四二四条第一項に則り請求の趣旨の通りの判決を求める。かりに訴外武村と被告間の契約が売買でなく贈与であるとしても詐害行為となることは変らない。
と述べ
被告主張の抗弁事実に対し
一の事実については訴外武村と被告との身分関係及び家族関係は認める。二の事実は知らない。三の事実は、被告主張日時に協議離婚したことは認めるが、被告はその届出後の同年一二月一六日においても同居していた。四、五の事実は否認する。六の主張に対しては、国にあつては一般法人の場合と異り、それぞれ独立した機関が独自に債権の管理処分をするのであるから、被告のいうように東京国税庁が覚知したからといつて、別個の債権を管理する東京通商産業局が覚知したことにはならないから結局原告が覚知したことにならない。
と述べ
立証として甲第一乃至第一一号証を提出し、証人吉田玉吉の証言を援用し、乙号各証の成立は認めると述べた。
被告訴訟代理人は、原告の請求はいづれも棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
一、請求原因一の事実中原告が東京通商産業局を所管庁としてアルコール専売法にもとづきアルコールの売渡しをしていたこと、訴外武村が被告の夫であつたことは認めるがその余の事実は知らない。
二、請求原因二、三の事実は知らない。
三、請求原因四の事実中原告主張日時に本件建物を訴外武村から贈与をうけ売買を原因とする所有権移転の登記をしたものである訴外武村の害意は知らない。被告の害意は否認する。
と述べ
抗弁として
一、被告は昭和一三年一一月中訴外武村と事実上の婚姻をなし、同年一二月二七日届出をし、長男三男(昭和一五年一月七日生)長女喜美子(同一六年一月一五日生)二女かづ枝(同一七年七月一二日生)二男健司(同二〇年二月八日生)三男武(同二三年一一月二一日生)の五人の子をもうけたほか、先妻(同一三年六月死亡)との間に二男忠昭(同八年六月七日生)三男清(同一一年一月八日生)の二人の子供があり合計九人の家族生活を営んでいた。
二、ところが訴外武村は、昭和二三年八月頃から他の女性と特別な関係を結び、被告等妻子との家庭生活を顧みないようになつたので、被告は、その日の生活にこと欠くこともおこるなど将来えの不安も募り、同訴外人との離婚を深刻に考えるに至つた。然かも同訴外人は、昭和二四、五年頃刑事被疑事件をおこすなどした(もつとも被告は被疑事実の内容は知らなかつた)ので、被告はこれを契機として、離婚のための話合いをすゝめ、その結果、正式の離婚問題は後日に譲るけれども、被告等の生活費に資し、かつは将来離婚に際し、その財産分与の意味を含んで本件建物の贈与をうけることになつたのである。
三、しかも訴外武村の行状はその後も改まらなかつたので被告は強く離婚を要求し、遂ひに昭和三三年一〇月二四日協議離婚した。
四、また被告は同訴外人に原告主張の請求原因一、二、三の事実があつたことは全く知らず、被告が本件建物の贈与をうけることにより、原告を害するに至ることなど思ひもよらなかつた。
五、かくの如く、被告は、実質上離婚に伴う財産分与、子女の養育費として、かつまた原告を害することを知らずに、本件建物の贈与をうけたものであるから原告の請求は理由がない。
六、かりに訴外武村と被告間の譲渡行為が詐害行為になるとしても、原告はおそくとも昭和二七年八月二三日までに右事実を覚知していた。即ち原告は訴外武村が政府の免許をうけることなく焼酒を製造したことに関する酒税金徴収のため、その頃武村及び被告が居住していた本件家屋に臨み武村の財産状態を徹底的に調査し、その所有の有体動産を差押えたが、その際本件物件譲渡の事実をも知つたのであるから、同日から二ケ年を経過した昭和二九年八月二三日本件詐害行為取消権は時効により消滅した。
と述べ
立証として乙第一乃至第六号証を提出し、証人宮永武久同島田金二の各証言並びに被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
原告は東京通商産業局を所管庁として、アルコール専売法に基づき、その所有に係るアルコールの売渡しをしていることは原被告間に争がない。
成立に争のない甲第一乃至第四号証によると、訴外竹村久一は、訴外佐久間新之助ほか一名の者と共謀して、昭和二四年一一月一日日本専売公社作成名義の原告宛製造煙草用未変性アルコール四、〇〇〇立の売渡請求書を偽造行使し、アルコール専売法第二〇条に規定する特別定価三六四、四〇〇円を支払つたのみで、一般定価二、〇四一、七七六円に相当する未変性アルコール九四度のもの四、〇〇〇立を入手したことが認められる。
成立に争のない甲第一号証第四号証第五号証第七号証を綜合すると、訴外武村久一は右四、〇〇〇立のアルコールのうち、一般定価と特別定価との差額にあたる一、〇五七、三七六円に相当する部分を使用しておそくも昭和二五年三月二七日迄に雑酒を製造した事実が推認できる。
してみると依然国の所有に属するアルコールを訴外武村久一は処分をして国に損害を与え利得したものと認められる。そして、その利得は一、〇五七、三七六円となり、原告は同訴外人に対し同額の不当利得返還請求権を有するわけである。
訴外武村久一がその所有に属する別紙目録記載の物件を被告に売渡したことを認めるに足る証拠はないが、訴外武村久一が昭和二五年六月六日右不動産を当時その妻である被告に贈与し、同日原告主張の通りの売買名義による被告に対する所有権移転登記手続をしたことは被告の認めるところである。
訴外武村久一に右贈与にあたり詐害の意思があつたか否かに争があるのでこの点を判断する。
原告は右不動産が当時武村久一の唯一の不動産であつたというが、成立に争のない乙第三、四号証よりしてこれが認められないことは明らかである。然しながら成立に争のない甲第一号証第四号証第七号証第九号証に、証人吉田玉吉の証言並びに被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、訴外武村久一は昭和二五年三月二七日前認定のアルコール騙取の罪で起訴せられ、勾留されていたが、保釈になるや間なしに、同年六月六日、甲第一号証により認められる昭和二三年一一月二五日以降昭和二五年二月初旬に亘る酒税法違反による酒税の追及と前認定のアルコール騙取にもとづく不当利得による追及からまぬがれるため、前認定の通り被告に本件建物を贈与したことが認められる。そしてこの事実に加えて、被告本人尋問の結果によると、昭和二五年一一月には、訴外武村久一は、本件建物を除く同訴外人所有の不動産、動産全部税務署より差押えをうけたことが認められ、成立に争のない甲第一一号証によると昭和二五年当時の本件建物の課税標準価格は三一八、六〇〇円であることが認められるのでこれ等を綜合すると、訴外武村久一は債権者を害することを知りながら本件不動産を被告に贈与したものと認めるのが相当である。
被告は当時離婚を決意していたから、右贈与は財産分与的性質を有しているというが、訴外武村久一と被告との離婚は昭和三三年一〇月二四日であることは被告の認めるところであるし、当時武村久一が離婚を決意していたと認めるに足る証拠もない。又被告及び子供の生活費の資とするために本件不動産を被告に贈与したということは有りうべきことであるが、仮令そうであつたからとてこれ等の事情のみでは被告が善意であるというには当らない。被告は訴外武村久一が起訴されたことは知つているが罪名は知らない又同訴外人がどの様な仕事をしていたか知らないと供述しているが、成立に争のない甲第七号証によれば、昭和二五年四月七日試験管酒精計等を被告において警察に任意提出していることからみて、又、同訴外人と昭和一三年以来夫婦関係にあること(この点被告の認めるところである)からみても到底右供述を信用することはできない。
その他に被告の全立証をもつてしても、被告が善意の取得者であることを認めるに足る証拠はない。
被告は詐害行為が成立するとしても既に時効により取消権は消滅していると主張するのでこの点を判断する。
国にあつては、その有する債権は、それぞれ、それを管理する所管官庁があつて、これを管理処分しているのであつて、取消の原因の覚知というごとき事実も、それぞれ、その所管の官庁についてこれを決するのが相当と考える。租税債権の滞納については、それを管理する国税庁がその掌にあたることあり、被告主張の酒税徴収に際し、その所管官庁たる国税庁が被告主張日時に仮令取消の原因を覚知したとしても、本件の如く他の所管官庁が、その管掌事項に関し、同様に覚知したというわけにはいかない。結局原告が覚知したことにはならない。従つて被告のこの主張は採用することができない。
仍て原告の被告に対し一、訴外武村久一と被告との間に、昭和二五年六月六日別紙物件についてした贈与を取消す
二、被告は右物件につき右同日東京法務局登記課受附第四、八一四号をもつて、同日附売買を原因としてなした所有権移転登記の抹消登記手続を夫々求める本訴請求は理由があるからこれを正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岡田辰雄)
目録
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建坪拾弐坪五合
弐階坪拾弐坪五合